亡くなった人との境界線

【亡くなった人との境界線】

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こんにちは~。
体と心をつなぐヨガセラピスト×理学療法士の洋です。

淡路島でフェニックス・ライジング・ヨガセラピー(PRYT)の個人セッション(オンライン)やクリパルヨガクラス(対面・オンライン)を行っています。ヨガセラピーやヨガを通して体と心をつないで、本当の私で生きていくことをサポートしています。

さてさて(^^♪

先日、私のいとこが亡くなったんです。

いとこ、といっても私とその方は少し歳が離れてたので、その方はそろそろ還暦という年齢でした。

数年前から癌を患い、入退院を繰り返していて、最後は病院で、という形でした。

私は、移住を悩んでいた4年くらい前に、熊本でお試し移住2週間をして、その方が所有する空き家を貸してもらったことがあるの。

その時は、まだ癌は見つかる前で、一緒に食事をしたっけ。

あの時は、こんな風になるとは全く想像もしてなかった。

ホント命がいつ終わるか、てわからないものだよね。

8年前に旦那さんが突然死して、同じことを思った。

人はいつ死ぬかわからない。

あの時、私は生きてることが当たり前ではないんだな、て思ったんよね。

死んでしまえば、体は物体になってしまう。

流れがなくなった体は、腐敗し始める。

体に命が入ってる間だけ、生きられる。

でも、日常にまみれると、そんなことはいつしか忘れてしまう。

今回もそうでした。

ちょっと忘れてた、そういうこと。

私の周りで亡くなっていく人は、そういうことを思い出させてくれる存在なのかもしれないな。

命あることは当たり前じゃないよ。
だから、一日、一日大切に生きなよ。
明日、死んでも悔いのない生き方をしなよ。
今、あるものを全部活かしなよ。

だから、私より先に、この世を去って行く人には、正直感謝です。

私の人生を、豊かにするために、思い出させてくれているから。

悔いを残して、この世を去っていったであろう私の周りの何人もの人々。

私は、その悔いを自分のことのように感じて苦しい時期がありました。

「亡くなった人の分まで生きて」

そう言われて、それって聞こえいいけど、私には、なんか重すぎて、苦しくなる、ということもありました。

亡くなった人の悔いを、残された人が引き継いで生きるのは、必要なことなのかな?

私は、その必要はないように思ってる。

亡くなった人の、悔いや思いには寄り添いたい。

でも、引き継ぐのはちょっと違うかな、て。

「葬る」というのは、肉体だけではなくて、その方の悔いや思いも葬る。

そこには、時間差があるかもしれないけど。

肉体は、死後数日で火葬して、遺骨は日本の場合、多くは四十九日でお墓に入るけど。

その方の悔いや思いは、もっと長く残された人が持ち続ける。

でも、どこかのタイミングで悔いや思いも葬ることは、アリだと思ってる。

亡くなった人が、自分にとって大切であればあるほど、これは難しいかもしれない。

でも。

それをすることは、私が私の人生を送るため、あなたがあなたの人生を送るためでもある。

それぞれの人生を、尊重することでもあると思うから。

亡くなった人との間にも、境界線を引く。

亡くなった人を切り捨てるのではなく、ただ、私とは別の命として、尊重する。

ギュッと握りしめて、自分の中に留めておいた亡くなった人の悔いや思いを、少しずつ緩めて、手放す。

そこに、罪悪感は必要ないんだよ。

亡くなった人との関わり方。

私なりの、思いです(*^-^*)

***

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今日も最後までお読み頂き、ありがとうございました。
体と心をつなぐヨガセラピスト×理学療法士 洋

 

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